やっててよかった、公文式。もとい、知っててよかった、お葬式。

20221111 うろこ雲


2022年10月からインスタでスタートした『後悔しないお葬式』シリーズ。
全24回、2023年8月にいったん区切りがつきました。

夫である副住職に、寺嫁の私がツッコミながらお葬式のことを教えてもらったのですが、
普段もこれだけ優しく教えてくれればいいのになー、と思ってしまうくらいの理想的な夫がここにはいます(笑)




ここのブログでも【お葬式】カテゴリーにすべて入っていますので、よければご覧くださいませ^_^ インスタへのリンクも貼ってありますよ!

ブログお葬式シリーズ



さて、このシリーズを展開している真っただ中の2022年12月、私の母が亡くなりました…

続ければ必ずしんどくなるのはわかりました。
夫も「無理しなくてもいいよ」と言ってくれました。

なので、いったん中止するという選択肢もあったのですが、それでも続けたのは、これは今の自分だからこそできることだ、と思ったからです。


続けて正解でした。
実体験から出てくる疑問、気づき。
体験していなかったら感じなかったであろう感情のいろいろ。

もともとそれほど信心深くなく、迷信っぽいことは受け流してしまうところがあったのですが、
今まで見たことない自分がそこにいたのです。


だって、死んだ後の世界のことなんてあんまり興味なかったんですよ。信じる信じないとかじゃなく。
肯定できる事実も否定しきれる資料もない。どっちでもいい、って感じ。


なのに、なのに、そんな私が「空の世界で母と祖父が私たちを見て、笑いながらしゃべっててほしいなあ。極楽があってほしいなあ。」って思っちゃうんだから。


だからってこんなに早く母を亡くしたくはなかったけど…


で、お葬式シリーズを振り返ってみると、2022年12月より前に教えてもらっていたことは、実際の場面でも「ああ、これだ…」ってその時間を気持ち的にゆっくり過ごすことができたのです。

逆に、まだ教えてもらっていなかったことは、「そういうのあったっけ?」って思うこともちょこちょこあって、知ってたら違ったんだろうなあ、と思ったのです。


お葬式はその儀式が滞りなく執り行われるように、かなりシステム化されていて、いったん始まるとまるでベルトコンベアに乗せられたかのように、泣きながらもどんどんどんどん進んでいく。
それが悪いことではない、とは思うけど、ちょっと寂しいかな、とも思う。


お葬式の中身を見てみると、当たり前だけどその一つ一つに意味があって、想いがあって、ということに気づかされます。
その意味や想いを知っていると、ベルトコンベアに乗りながらも、工程一つずつを自分で意識できて、その時間の密度がグンッっと濃くなるような気がするのです。その時間を噛みしめ、味わえることも。


だからこそ、「まだお葬式なんて全然自分には関係ない話だし~~~」と言っているうちに知ってほしいのです。理解はしなくてもいい。ただこういうことがあるんだーーー、へーーー、くらいにまずは知ってもらえたらなと思っています。


そうして、後悔しないお葬式をすることができたら、こんなに嬉しいことはありません。

宗派、地域でお葬式の中身はがらりと変わります。ここ東光寺は静岡中部にある、臨済宗のお寺です。
「うちのお寺は違うわー」、とか、「宗派?よくわかんない」という方もここをきっかけにしてもらえたらありがたいです。


こんなに葬式、葬式って連呼してるから【葬式仏教】って言われちゃうんだろうなー。切ない。

【葬式仏教】ってさ、葬式からもたくさん学べる、さまのえ】の超省略形ってことにするのはどうでしょう?

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